先生ってとても大事。音楽をするということは、自分をさらけ出すわけですから、いくら先生の演奏テクニックが素晴らしくても、人間性が??だったら困る。Aサンに合う先生がBさんに合うというわけでもない。イタリアではピアニストとオペラ歌手では仕事の仕方も違い、オペラ歌手は結構なキャリアを積んだ後、年齢がいってから指導者として仕事を始める場合が多いので、経験もあって指導力もある良い歌の先生に出会うのも難しい。音楽で生活していくのが日本以上に難しいイタリアは、お金が安くても演奏する、タダでも演奏する、演奏しても銀行になかなかお金が入ってこないという事も多くある。仕事をもらうために、ある人にくっついていく、行かなければならない?という事も見るし、そのような話もきく。ミラノスカラ座シーズン初日に4年連続で歌った友人も、年間のほとんどはフランス、スイスを始め、イタリア以外でのオペラ公演に立っている日々。その人はオペラ歌手の労働組合にも関係していて、イタリア国内の劇場経営にも詳しい。その彼が『友達のFBで今日はイタリアのどこどこ劇場で歌いまーすって写真付きでみるけど、みんなにお金はいつもらってるの?いくら入ってくるの?と聞きたいよ!』と前、電話で話たときにいってたな~。仕事場は少ない、だけど音楽する人は多いで、需要と供給がうまく回っていないがために、一見聞くとおいしそうな話もたくさんあるのです。これは演奏の仕事場のみならず、指導の場でもよく聞く。
『誰誰先生の所へ行けば仕事がもらえるらしいよ』『どこどこアカデミーは仕事を斡旋してくれるらしい』等々。
それらの仕事が悪いといっているわけではなく、そういうことのみに振り回されてしまったらもったいないなぁと思うわけです。
日本の方々に『日本に帰ったときに履歴書に追加することが欲しいのですけど、どうしたらいいでしょう?』と聞かれたこともある。
なにせ私は無名なピアニストな上に、そのような事を考えたこともなく、名も無いくせに仕事は選んでしまう(笑)、自分が尊敬できる素晴らしい歌手、指導者、音楽家と触れ合うのは大好きで、かなり選り好みするとんでもない人間なので、そのような時はいつも『ん~』とお返事の言葉をかなり考える私。
デヴィーア先生、エリザベス先生達は『なんでそんなにコロコロ先生変えたり、良さそうな話に簡単に乗ったりするの?レパートリーでもないオペラやって、結局それからしばらくたってから先生~、声が出にくくなりました!ってなるのに』と、ふらふら属の方が理解できないらしい。彼女たちは、運よく一人の先生についてかなり真剣に長く勉強してきた人達だから、特にそう思うらしい。
どのような道を選択されてもそれは個人の自由なのでいいのだけど、今日は『ん~』と思うお話しを聞いたのでちょっと考えさせられたわけです。世の中きれいごとだけでは生きてはいけないけど、留学という限られた貴重な時間が、各自それぞれの『これから』に役立てばいいなと心から思うのでした。

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